川崎桂子のブログ 民謡徒然草
日本民謡歌手・川崎桂子が,イベントの告知や報告,日々の思いを語ります.ごゆっくりお楽しみください.
2026年10月9日金曜日
秋田おばこ
秋田おばこ大会に出場シマシタ。32年くらい前デース。第一回の大会で、一人で東北新幹線に乗っていきましたー。宿泊したのは、市民センター
の和室デシタ-。予選では、私が1位でしたよ-。出場者は全国大会のハイライト部門の常連さん。顔見知りさんばかりデシター。
しかし地元は有利。私は決賞では2位におとされました-。1位のかたの叔母さんが審査委員長デシターから・・・。マア・・体験は良い勉強に
なりましたー。
2026年10月8日木曜日
2026年10月1日木曜日
お稽古
今日はお稽古日。伴奏は、何時ものE先生。長ーいお付き合いをさせて貰ってまーす。
何でも言い合えるので、やはり旧友は良いなってオモイマース。
ただのお友達と言うより、相棒みたいな方です。親しさも、中ぐらいが良いです。
昔から、余り人のことは、関心を持たないようにしています。民謡だけのお話をす
るようにしてきました。それでも・・もう40年くらいのお友達。お互いに健康で
これからも楽しく勉強してゆきましょう。どうぞヨロシク。
ヨロシクね
2026年9月23日水曜日
盆踊りの思い出・・・など
もう松民ができてから。・・・どのくらい経つかしら・・。たしか・・・70年くらいになり
ますね。
本年秋の文化祭は第78回となりますから。皆様見にいらしてくださーい。
さて・・・ 農業、漁業大国日本に伝わる民謡、民舞は数えきれません。昭和の頃は、盆踊
り唄で親しまれ、拡がっていきましたよね。でも・・・
昭和の時代は、余りに昔・・・。私の住む町にも、昭和生まれの知り合いが沢山いまーす。
昔話をしても、話しが会いまーす(笑い)でも・・みんな老人ホームへ行ってしまうので
とっても寂しく感じてまーす。
戦後の・・・日本人は、よく働きました。下町で暮らしていたので、子供ながら、それを肌
で感じておりましたー。
当時は、10代の就職が当たり前。産業が発展し、商業がさかんになり、活気ある町で暮ら
すことになった私は、とても楽しい子供時代を 過ごすことが出来ましたー。
盆踊りも盛んでしたね。毎晩鳥越神社や柳橋に出かけていき・・お友達と一諸に踊りました
ー。
一番楽しかったのは鳥越神社のお祭りデース。4年に一度の本祭りには、1000貫神輿が
担ぎ出されて・・・凄かったデース。
神輿は沢山有って・・・小学生は子供神輿を担ぎましたー。遠い昔の思い出デース。
2026年9月21日月曜日
平安時代
今日は民謡のお話ではないんですが・・・平安時代の古今和歌集とかを
偶に読むんですが・・本当に不思議な世界デース・・ネ。
現代と違って、男女が会話するチャンスはほとんど無いんですものね。
何処かでチラッと見かけて、好きになったとか言うんですもの。こまり
ますよね。しかも・・伝達手段がない。人づてに文を渡すくらい・・。
現代は、ラインで伝えられるから、1分で伝達終了(笑)・・・・
どっちの方が良いかなーっておもちゃイマース。
2026年9月19日土曜日
秋田おばこと下総松戸節
この頃は、秋田おばこと下総松戸節、それから・・・・白虎隊を良く唄っています。秋田お
ばこは、コンクールで唄って苦労シマシタ。
当時は城北地区だけでも、3000人の会員がおりました。そこでハイライト部門で優勝出
来ました。8年くらいはずっとおばこにかかり切り。
お陰様で日本の民謡オーデションに受かることが出来ました。師匠が本当に良く指導為てく
ださいましたので、感謝しております。
下総も唄うにつれ、愛着がわき自分の歌の良さや味わいが分かってきました。第三の故郷松
戸(まつさと)への愛着もだんだんと強kuなって来ました・・・。
実際・・・東京下町に住んでおりましたから、江戸から6里のくだりも実感アリマース。江
戸からと唄うとき、日本橋の袂からという
事なのです。どこに行くときも、日本橋の袂が起点になるのです。東海道53次が日本橋か
らですものね・・・。昭和の頃は、あの界
隈が文化のメッカでしたヨ。いいものを買いたいときは、銀座へ・・・デシタ-。
マア・・どなたも十八番がありますよね。ヤッパ長く唄っていくと・・愛着もわきますし、
その曲の良さが分かってきます。
民謡って・・・ホントニ良いですネ(笑)
2026年9月15日火曜日
箱書き・・
ウイルさんから箱書きを依頼されましたー。自分でデザインして、限られた
スペースに納めます。板に書くのは、一発勝負ですから・・・エイ、ヤっと
揮毫しまーす。楽しいけど・・・それなりに緊張シマース(笑)
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